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富山地方裁判所 平成2年(行ウ)2号 判決 1992年11月27日

富山市大町一区北部四番地の一

原告

渡辺勇

富山市大町一区北部四番地の一

原告

渡辺英子

右両名訴訟代理人弁護士

木澤進

青島明生

富山市丸の内一丁目五番一三号

被告

富山税務署長 船平勇

右訴訟代理人弁護士

細川俊彦

右指定代理人

長谷川恭弘

田中邦男

小西紘二

宝田明芳

寺俊昭

沢井秀治

金津利博

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告渡辺勇(以下「原告勇」という。)及び同渡辺英子(以下「原告英子」という。)に対して昭和六三年五月三一日付でそれぞれした昭和六一年分の所得税の更正処分(以下「本件各処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  昭和六一年分の所得税について、原告勇は、所得金額が二〇万二六八三円である旨の確定申告をし、原告英子は、所得金額が一九三万五〇〇〇円である旨の確定申告をした。

これに対し、被告は、昭和六三年五月三一日付で、原告勇に対し、総所得金額を△一一二万二一三二円(△印は損失。以下同じ。)、分離短期譲渡所得金額を一五七七万五七〇八円、分離長期譲渡所得金額を二七〇八万四六一円、所得税額を一〇九四万六四〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税一〇六万九〇〇〇円の賦課決定処分をし、原告英子に対し、総所得金額を一九三万五〇〇〇円、分離短期譲渡所得金額を一五七七万五七〇八円、税額を六三一万円とする更正処分及び過少申告加算税六〇万六〇〇〇円の賦課決定処分をした。

2  原告らは、同年六月二八日に前記各処分に対し異議の申立をしたが、被告は同年九月二八日付で右申立を棄却する決定をしたので、原告らは、同年一〇月二六日に国税不服審判所長に対し前記各処分についての審査請求をしたが、同所長は平成元年一二月一日付で右請求を棄却する旨の裁決をし、原告らは同月九日にこれを知った。

3  しかし、前記各処分には事実誤認、所得税法(以下「法」という。)五八条の解釈・適用の誤りの違法がある。

4  よって、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  請求原因3の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告らの昭和六一年分の所得金額は、次のとおりであるから、本件各処分は適法である。

(一) 原告勇

(1) 総所得金額 △一一二万二一三一円

内訳 営業所得 △二〇六万七八二一円

不動産所得 九四万五六八九円

(2) 分離短期譲渡所得金額 一六五五万四八七六円

(3) 分離長期譲渡所得金額 二七八一万三五九九円

(4) 所得控除額 八二万六九二〇円

(二) 原告英子

(1) 総所得金額(給与所得) 一九三万五〇〇〇円

(2) 分離短期譲渡所得金額 一六五五万四八七六円

(3) 所得控除額 四六万四一二〇円

2  分離譲渡所得金額について

(一)(1) 原告勇及び原告英子は、訴外富南地所株式会社(以下「富南地所」という。)の代理人である訴外中田久雄(以下「久雄」という。)との間において、昭和六一年六月二〇日ころ、原告勇所有の別紙物件目録二記載(一)の土地(以下「本件土地二(一)」という。)及び原告ら共有の同目録二記載(二)の土地(以下「本件土地二(二)」という。持分各二分の一)を、富南地所所有の同目録二記載(三)、(四)の土地(以下「本件土地二(三)、二(四)」という)と交換する旨の契約を締結した(以下「本件交換契約」という。)。

(2) そして、本件土地二(三)は、別紙物件目録一記載(一)、(二)の土地(以下「本件土地一(一)、(二)」という。なお、以下同目録一記載(三)ないし(六)の各土地についても、「本件土地一(三)ないし(六)」と略称する。)に分筆地目変更され、本件土地二(四)は本件土地一(三)に地目変更され、本件交換により、右土地一(一)は、原告らの共有(持分各二分の一)となり、右土地一(二)、(三)は原告勇が取得した。

(3) また原告勇は、同年六月二〇日、本件土地二(一)上に所有していた右目録二記載(五)の建物(以下「本件建物」という。)を富南地所に一二八六万円で売却し、右代金により右目録二記載(六)の事務所を一一四六万三一七二円で取得した。

(二) したがって、分離譲渡所得金額は次のとおり算出される。

(1) 原告勇

イ 本件交換に係る分離短期譲渡所得金額について

<1> 収入金額 三〇〇八万七八五八円

<省略>

<2> 取得費 一二六九万七〇五〇円

<3> 譲渡に要した費用 八三万五九三二円

<4> 譲渡所得金額(<1>-<2>-<3>) 一六五五万四八七六円

ロ 本件交換に係る分離長期譲渡所得金額について

<1> 収入金額 二九八〇万七二八四円

<省略>

<2> 取得費 一四九万〇三六四円

<3> 譲渡に要した費用 八二万八一三六円

<4> 特別控除 一〇〇万〇〇〇〇円

<4> 譲渡所得金額(<1>-<2>-<3>-<4>) 二六四八万八七八四円

ハ 本件建物売却に係る分離長期譲渡所得金額について 一三万四八一五円

(2) 原告英子

本件交換に係る分離短期譲渡所得金額について

イ 収入金額 三〇〇八万七八五八円

<省略>

ロ 取得費 一二六九万七〇五〇円

ハ 譲渡に要した費用 八三万五九三二円

ニ 譲渡所得金額(イ-ロ-ハ) 一六五五万四八七六円

(三) 本件交換への法五八条一項、二項の適用について

固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例を定める法五八条一項、二項は、次の1ないし(5)のすべての要件を満たすときに、譲渡資産の譲渡がなかったものとして課税しない旨規定している。

(1) 交換による譲渡資産及び取得資産の双方いずれもが固定資産であり、かつ同種の資産であること。

(2) 交換による譲渡資産は、その者が一年以上有していたものであること。

(3) 交換による取得資産は、交換の相手方が、その交換のために取得したものと認められるものではなく、かつ、一年以上有していたものであること。

(4) 交換により取得した資産を、譲渡した資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供していること。

(5) 交換譲渡資産の価額と交換取得資産の価額との差額がそのいずれか多い価額の一〇〇分の二〇以内であること。

しかるに、富南地所は、本件土地二(三)を、昭和六〇年一二月二六日付け売買により訴外長江正義(以下「正義」という。)から、本件土地二(四)を、昭和六一年六月二〇日付売買により訴外長江正二(以下「正二」という。また、以下、正義と正二の両名を称して「長江ら」という。)から、それぞれ取得し、本件土地二(三)については同社の同年二月二八日終了の事業年度分の確定申告書に棚卸資産として計上していたものである。

したがって、本件交換契約は、右(1)、(3)の要件を充足していないので、原告らは法五八条の適用が受けられない。

四  被告の主張に対する認否と原告の反論

1  被告の主張1中、(一)の(1)、(4)及び(二)の(1)、(3)の各事実は認めるが、その余は争う。

同2中、(一)の(2)、(3)、(二)(1)のイ<2>、<3>、ロ<3>、ハ、(二)(2)のロ、ハの各事実は認めるが、その余は争う。

2  法五八条の適用について

(一) 本件交換契約は、原告らと長江らとの間で成立したものである。

すなわち、本件交換契約を現実に締結したのは久雄と原告勇であるが、久雄は、長江らの代理人として行為し本件交換契約を締結したものであって、富南地所の代理人としてなしたものではない。そして、長江らは、久雄に対し、本件交換契約の締結に先立ち、その代理権を与えていた。

仮に、長江らと富南地所との間で被告主張の売買契約が締結されていたとしても、それは、右の原告らへの本件交換契約と二重譲渡の関係となるにすぎないし、その後、本件交換契約に基づき原告らが所有権移転登記を具備したのであるから、本件交換契約が優先することは明らかである。

(二) また、仮に、久雄が長江らの代理人として本件交換契約の意思表示をなしたのが形式上のものにすぎず、真意は富南地所の代理人としてなしたものであったとしても、原告勇は、久雄の右真意を知らず、これを知りうる事情もなく、あくまで久雄は長江らの代理人として意思表示したと認識していたのであるから、本件交換契約は長江らと原告らとの間に成立したと認めるべきことに変わりはなく、そうでないとしても、心裡留保に該当し、原告らが善意である以上、民法九三条により、何人も、契約の当事者が長江らでないと主張することは許されない。

このことは、法五八条の適用の可否を決する場合も同様である。

(三) したがって、本件交換契約には法五八条の適用がある。

五  原告の反論に対する被告の再反論

原告らの代理人である多田正行(以下「多田」という。)は久雄の真意を知っていた。

六  被告の再反論に対する原告の認否

否認する。

第三証拠

証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件各処分の適法性について

1  原告らの昭和六一年分の各総所得金額、所得控除額は当事者間に争いがない。

2  分離譲渡所得金額について

(一)  証拠(甲一、一〇の1の1~9、一〇の2の1~5、一一~一三、一四の1~4、一五、一八~二〇、二三~三六、三八~四〇、乙一、二の各1、2、三の1~7、四、五の1~12、六~一〇、一二~一四、一七、一八、二二、原告勇本人尋問及び富山市農業協同組合堀川支所に対する調査嘱託の結果)によれば、次の事実が認められる。

(1) 正二は、自己の経営する会社の運転資金が必要になったため、昭和六〇年一〇月、父正義の同意のもと、ナカダ不動産こと久雄に、正義の所有していた本件土地二(三)の売却の斡旋を依頼したが、適当な買主が見つからなかった。そこで、税理士事務所勤務の田知花正男(以下「田知花」という。)に相談のうえ、同年一二月二六日、富南地所の代理人である久雄との間において、本件土地二(三)を、代金七七七〇万円(ただし、実測により地積に増減がある場合は、三・三平方米につき三七万円の割合で清算する。)、所有権移転期日を県知事の農地転用許可書交付の日より七日以内でかつ双方協議の上定めた日とするとの約定で売買契約を結んだ。富南地所は、不動産業を目的とする株式会社で、当時、久雄の父中田久治が代表取締役、久雄が取締役をつとめ、休眠状態となっていたが、同社名義で転売する目的で右売買契約を結んだものである。右同日、久雄は一〇〇〇万円を、中田久治は四〇〇万円を富南地所に貸し付け、富南地所はその中から手付金として一三〇〇万円を正二に支払った。

そして、富南地所は、昭和六一年四月一七日に富山税務署に提出した昭和六一年二月二八日終了の事業年度分の法人税確定申告書に右土地を棚卸資産として計上した。

なお、久雄は、約定どおり、同年三月三一日には中間金三〇〇〇万円を八月二五日には残金三三六八万二五〇〇円(ただし経費を控除。)を支払った。

(2) 多不動産株式会社の代表取締役である多田は永森観光株式会社(以下「永森観光」という。)から本件土地二(一)、(二)を含めた周辺の土地をパチンコ店建設用地として取得するための交渉を依頼された。そこで、その一環として、本件土地二(一)、(二)の所有者である原告勇及びその妻の原告英子から右各土地を譲り受けるため、昭和六〇年九月頃、原告勇と接触した。その当時、本件土地二(二)は原告らが購入してから二年余りしか経っておらず、また、原告勇は二六〇〇ないし二八〇〇万円の負債を抱えており、短期譲渡として税がかかるならば、とても土地の売却をすることは考えられない状態であったし、原告らには特段各右土地を処分したいという希望もなかった。そのため、原告勇は当初拒絶していたが、その後も多田が月に二、三度の割で訪問して、本件土地二(一)、(二)の譲渡を懇請したことと、周囲の土地の買上げが進み、残るのは自分達の土地のみになったこともあって、昭和六一年五月ころ、代替地を提供すること及び原告らに税金がかからないようにするという条件が満たされれば右土地を処分してもよい旨回答した。これに対し、多田は、別の土地と等価交換という形をとれば、その条件を満たし、税金の心配はないと言明した。

なお、原告らはそれまで交換に関する法の特例を知らなかった。

(3) まもなく多田は本件土地二(三)、(四)に目をつけ、登記簿謄本等を調べたところ長江ら名義となっていたため、原告勇に話をもちかけた。原告勇は、交換の方法をとれば本当に税金が軽減されるのか確認するため、五月中旬から下旬にかけて、従前税務申告を依頼していた種田税理士の許を多田と共に訪ねた。種田税理士は、原告勇及び多田に対して、永森観光に対し直接中間省略登記の方法をとると税務署から法五八条の交換には該当しないと認定されるおそれがある等と否定的な見解を述べた。

(4) 原告勇は、多田からもっと詳しい税理士に聞いた方がよいと勧められて、六月上旬、多田の知り合いの盛田税理士を訪ねたところ、盛田税理士は原告勇に等価交換について説明し、その方法で問題ないと述べ、資料のコピーを交付し、種田も了解したので、原告勇は納得し、六月五日、土地の交換の仲介を多田に依頼した。ただ、盛田税理士に対しては、具体的な話ではなく、一般論を話しただけであった。

(5) 多田は、右と平行して、正二を訪問し、本件土地二(三)を譲渡してほしいと申し入れたところ、正二はナカダ不動産(久雄)に聞いてもらいたいと返答した。そこで、多田は、六月一〇日ころ久雄の事務所を訪問し、久雄には迷惑をかけないから本件土地二(一)、(二)と正義の土地(本件土地二(三))との交換に応じてくれるよう依頼したが、久雄は、右土地二(三)は既に自分のところの別会社で購入済みとなっていることを説明した。

(6) 数日後、多田が再び久雄の事務所を訪問して、久雄に対し、本件土地二(三)は未だ農地転用が済んでいないし登記も正義名義のままであるので、正義と原告らとの間で交換契約を結び税が課せられないようにすることが可能だから、本件土地二(三)だけでなく、本件土地二(四)も併せて交換して欲しいと申し入れた。久雄は、そういうことが可能かどうか、その場に田知花を呼んで相談したところ、田知花は、右土地二(三)は既に富南地所が買ったものであり、買ってから一年を経過していないので法五八条の交換の特例をうけるのは無理だと返答した。それでも、多田が、自分と原告らのそれぞれの税理士に相談したところ大丈夫だとの回答を得ているし、久雄らには一切迷惑をかけないから協力して欲しいと重ねて要望したので、久雄は正二に相談したうえ後日返事をすると答えた。

(7) その翌日ころ、久雄が正二に架電し、多田依頼で本件土地二(三)を交換の形で原告らに譲渡することにした、右交換は税務対策のための形式上のものであって迷惑はかけない、また正二所有の本件土地二(四)も同時に売って欲しい旨述べたところ、正二は翌日久雄の事務所を訪問して、自分達に迷惑がかからないのであれば協力すると述べた。その際、正二と久雄との間で、前記(1)の売買契約につき解除や変更・精算等の措置をするとかその必要があるとかの話しは何も出なかったし、正二は右交換の当事者は富南地所になるものと考え、格別質問もせず、相手方の提供する交換対象土地やその処分予定等についても何ら関心を示さなかった。そして、久雄を同月一五日ころ多田に右交換に協力する旨伝え、多田はこれを原告勇に伝えた。

(8) 久雄は、多田の指示に基づき、六月二〇日朝正二宅で、本件土地二(四)を代金一〇九七万五〇〇円、所有権移転時期は同年八月二五日との約定で、正二から富南地所が買い受ける旨合意してその旨の契約書を作成し、手付金として二〇〇万円を正二に支払った。なお、残金八九七万五〇〇円(ただし経費を控除。)は約定どおり同年八月二五日に支払った。

ただし、前記(1)及び右の売買契約については、結局、本件土地二(三)に関する農地法所定の届出や許可の手続はとられず、また、本件土地二(三)、(四)につき長江らから富南地所への移転登記手続もなされなかった。

(9) 右六月二〇日の午後、久雄の事務所に、久雄、多田、原告勇、永森観光の女子従業員が集まって、多田の指示に基づき、同人が予め用意しておいた次の<1>ないし<5>の書類にそれぞれ署名押印した。長江らの署名押印は久雄が代わって行った。

<1> 長江らと原告らを当事者とする本件各土地の交換契約書(本件交換契約書)。

<2> 富南地所が永森観光に対し本件土地二(一)、(二)を代金九三三二万三二五〇円で売り渡す旨の契約書。

<3> 原告勇が富南地所に対し本件建物を代金一二八六万円で売り渡す旨の契約書。

<4> 富南地所が永森観光に対し本件建物を右<3>と同一代金で売り渡す旨の契約書。

<5> 長江らの責任・費用で本件土地二(三)、(四)を宅地造成し、かつその地目変更登記手続をする旨の念書。

また、右の際、富南地所(代理人久雄)は、永森観光から本件土地二(一)、(二)の売買の手付金として一五〇〇万円を受領し、原告勇は、富南地所(代理人久雄)から本件建物の売買の手付金として二〇〇万円を受領した。

なお、富南地所は同年八月二五日に永森観光から右土地売買の残金七八三二万三二五〇円を受領し、原告勇は同年八月二五日に富南地所から右建物売買の残金一〇八六万円を受領した。

なおまた、多田は、右に先立つ六月一八日ころ、本件交換の当事者を長江らと記載した重要事項説明書を原告らに交付し、また久雄にも、同旨の重要事項説明書を交付した。

(10) 原告勇は、久雄と会ったのも、その事務所に行ったのも、右六月二〇日が初めてであった。原告勇はまた、それまで長江らに会ったことも、会おうとしたこともなく、右当日その場に同人らがいないことに気づいたが、特段それについて尋ねたりもしなかった。

また、原告勇は、多田から本件建物の売買に関する富南地所との契約書、領収書に署名押印を求められた際、底地である本件土地二(一)についての交換契約書の記載と相手方が違うことに気付いたが、売却した以上相手が誰であっても代金さえ入ればよいと思い、多田の指示に従って、格別疑義は述べることなく署名押印した。

正二は、右六月二〇日の数日後、久雄の事務所において本件交換契約書を久雄から受けとったが、その記載内容には格別関心を持たず、昭和六二年三月の確定申告の時期まで内容を確認したことはなかった。また、正義も正二も、被告から原告らの確定申告内容が問題とされるまで、本件交換契約書記載の相手方である原告らとは面識がなかった。

なお、原告勇は、本件建物を富南地所に売却した代金一二八六万円をもって、別紙物件目録二記載(六)の事務所を一一四六万三一七二円で取得した。

(11) 前記(1)、(9)の当時、本件土地二(三)は田、本件土地二(四)は水路であり、いずれも市街化区域内に存在した。富南地所は昭和六一年六月二一日に訴外高森土石に右二筆の土地の宅地造成工事を依頼し、同年八月に右工事は完成した。そして富南地所は同月二八日に右高森土石に右工事代金として金二三〇万円を支払った。

久雄は、同年七月一〇日、正義の名で、農業委員会に対し本件土地二(三)につき農地法四条一項五号の規定による転用の届出をなし、受理された。

(12) 前記(9)による登記手続については、富南地所が土地家屋調査士藤沢実(以下「藤沢」という。)に依頼し、同年八月二一日、本件土地二(三)を田から宅地に地目変更したうえ、本件土地一(一)、(二)に分筆し、本件土地二(四)を用悪水路から宅地(本件土地一(三))に地目変更し、本件土地二(一)を本件土地一(四)、(五)に分筆する旨の各登記手続がなされた。右地目変更登記手続に要した費用三万円は、同年八月二五日に富南地所が藤沢に支払った。

そして、同月二五日、藤沢の事務所に多田、久雄、原告勇らが集まり、正二が時を異にして来所し、登記申請用交換契約書その他本件各土地の所有権移転登記手続に必要な書類を作成した。正二は、久雄に言われたとおり、登記名義移転のため、形式上の交換契約書を作成するにすぎないと考えて、右の作成に応じた。

右に基づき、本件土地一(一)については正義から原告ら(持分各二分の一)に、本件土地一(二)については正義から原告勇に、本件土地一(三)については正二から原告勇に、本件土地一(四)、(五)については原告勇から永森観光に、本件土地一(六)(すなわち本件土地二(二))については原告ら(持分二分の一)から永森観光に、それぞれ所有権移転登記がされた。

(13) 以上を通じて、結局、本件土地二(三)、(四)に関する長江らと富南地所との間の売買契約に関しては、解除や変更・精算等の措置は一切採られなかったし、富南地所が本件土地二(三)を棚卸資産として計上した件もそのまま放置された。

また、前記のとおり、本件土地二(一)、(二)につき、富南地所から永森観光への売買契約書は作成されたのに対し、長江らと富南地所あるいは永森観光との間では何らの交渉・合意もなく、これを示すような資料も何ら作成されなかった。

(14) 正義及び正二は、昭和六二年三月一四日、本件土地二(三)、(四)を富南地所に売却したことによる譲渡所得につき確定申告をした。

また、富南地所は、昭和六二年二月二八日に終了した事業年度の確定申告に当たり、本件土地二(三)、(四)の譲渡を売上として計上し、長江らからの購入代金及び高森土木に支払った工事代金を売上原価として計上した。

(15) 前記のとおり、本件土地二(三)については昭和六一年七月まで農地転用の手続がされていなかったので、正義は、同年分についても前年同様右土地を管理転作の扱いとし、その奨励補助金の交付申請の手続をとり、これを受領した。

以上のとおり認められる。

甲三四及び三五(当庁昭和六三年(ワ)第二〇七号事件(以下「別件訴訟」という。)における多田の被告本人としての供述)中には、右認定に反する部分があるけれども、右部分は、前記事実経過及び甲三〇、三一、三八~四〇(別件訴訟での田知花の証言、正二、久雄の各供述)に対比して到底借信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  本件における主要な争点は、本件交換契約の当事者が誰かという点にあるので、以下、これを右(一)で認定した事実関係に基づき検討する。

(1) 本件交換契約を巡る客観的事実関係を見てみると、

<1> 本件土地二(三)については、本件交換契約の半年前に正義から富南地所に売買され、手付金一三〇〇万円及び内金三〇〇〇万円も授受済みであり、富南地所は既にこれを棚卸資産として計上して法人税確定申告書に記載していたこと。

<2> 本件交換契約締結の直前に、多田の指示によって、本件土地二(四)につき、正二と原告ら間の交換契約とは矛盾する、正二と富南地所間の売買がなされ、手付金二〇〇万円が授受されていること、

<3> しかも、本件交換契約締結後には、右<1>及び<2>の長江らと富南地所間の売買契約と本件交換契約との調整(右売買契約の解除や変更・精算等の措置)がなされるどころか、むしろ、右売買契約の履行行為あるいは右売買契約によって形成された法律関係を前提とする行為-富南地所から長江らへの売買代金残金の支払、富南地所の負担と依頼による宅地造成、地目変更登記手続等-がなされていること、

<4> 本件交換により原告らが譲渡した本件土地二(一)、(二)について、富南地所から永森観光への売買契約書が作成され、代金も授受されたのに対し、長江らと富南地所あるいは永森観光との間での交渉・合意を示す資料は何もないこと、

<5> 本件土地二(一)上の本件建物は、原告勇から富南地所に、次いで富南地所から永森観光に売り渡され、その間で代金の授受もされたのに対し、原告勇と長江ら間あるいは長江らと永森観光間での交渉・合意を示す資料は何もないこと、

<6> 長江らは富南地所との間での本件土地二(三)、(四)の売買に基づく譲渡所得につき所得税の確定申告をし、富南地所は右売買を前提として所得を算出し、法人税の確定申告をしていること、

以上の各事実が認められたのであり、この事実関係に、前記(一)の(5)ないし(7)及び(10)記載の本件交換契約締結に至る経緯その他の諸事情並びに甲三〇、三一、三六、三八~四〇(別件訴訟での田知花、正二、久雄の各証言、供述)、正二に対する質問応答書(乙一八)の記載を合わせ考慮し、客観的に観察、判断すれば、本件交換契約は、富南地所(その代理人としての久雄)と原告らとの間に成立したものであって、長江らを当事者と表示した本件交換契約書は、法五八条の適用を受けるために形式上整えたものにすぎないと認めるのが相当である。

(2) これに対し、原告らは、本件交換契約の当事者は長江らであって富南地所ではないと主張するところ、なるほど、次の<1>ないし<3>のとおり、原告らの右主張に沿うように解される事情も存在する。

<1> 昭和六一年六月二〇日には久雄の事務所で、久雄と原告勇により長江らと原告らを当事者とする本件交換契約書が作成され、同年八月二五日には藤沢の事務所で、正二、原告勇自らの手により同旨の交換契約書が作成され、それに基づき本件土地一(一)ないし(三)につき長江らから原告らに所有権移転登記がなされていること、これに対し、本件各土地につき原告らと富南地所との間の契約書等は作成されていないこと。

<2> 本件土地二(三)は農地法にいう農地に該当するところ、本件交換契約の時点では未だ正義と富南地所間の売買につき農地法五条一項三号の届出も、所有権移転登記手続もとられていなかったのに加え、本件土地二(四)についても、本件交換契約当時には未だ所有権移転登記手続がなされていなかったこと、そのため、本件土地二(三)は勿論、本件土地二(四)についても富南地所に所有権が確定的に移転していたとは言いがたく、長江らが右土地を原告らに二重に譲渡することは法律的には不可能ではなく、多田もそのように考えていたこと。

<3> 本件交換の当事者が富南地所である場合、原告らに譲渡所得税が課されることになるところ、原告らは譲渡所得税がかからないようにするのでなければ、本件土地二(一)、(二)を処分するつもりはなかったこと。

なお、原告勇は、本訴での本人尋問及び別件訴訟での本人尋問(甲三二、三三)において、本件交換契約当時には正義から富南地所に本件土地二(三)が既に売却されていることを知らなかった旨供述し、多田も別件訴訟で同旨の供述をしており(甲三四、三五)、前記のとおり原告勇は本件交換契約以前には長江らや久雄とは会っておらず、多田以外から右売買の件を知らされたものと認めるべき証拠は見当たらないのであるが、他方、先に説示したとおり、多田は本件交換契約前に久雄から本件土地二(三)が売買済みであることを知らされていたものと認められ、これに反する多田の供述部分(甲三四、三五)は信用できないのであって、このこと並びに前記(一)の(3)、(8)及び(10)に認定した事実関係に比照すると、右に掲記した原告勇と多田の供述部分はそのまま採用することは困難である。

(3) しかしながら、次の<1>ないし<3>の諸点に照らして考えると、結局、右(2)の<1>ないし<3>に判示したところからは、未だ本件交換契約の当事者は、富南地所であるとの前記認定判断を覆して、本件交換契約の当事者を長江らであると認めることはできない。

<1> 前記認定の事実関係及び前掲甲三〇、三一、三八~四〇(別件訴訟における田知花、正二、久雄の各証言、供述)によれば、久雄及び多田が長江らを契約当事者とする交換契約書を作成することとしたのは、原告らの節税対策を主要な動機とするものであり、また、正二が藤沢の事務所で交換契約書の作成に応じたのは、登記名義を原告らに移転する便宜上のものにすぎなかったものと認められるのであって、右各交換契約書の作成から即その内容どおりの意思表示をしたことにはならない。

<2> 原告勇は、本人尋問において、本件交換契約当時多田から取引相手は長江らであると聞かされていたと供述するのに、前記のとおり、契約締結前に長江らに会ったことも、会おうとしたこともないのみならず、契約当日にさえ来ていないのに何ら問題にしておらず、また、本件建物の売買契約の相手方が富南地所と記載されていることに気付きながら、何ら疑義を述べることなく契約書に署名押印しているのであって、これらのことからして、契約の相手方に関する原告勇の認識は極めて希薄であって、かかる認識は契約の相手方を確定する重要な要素とはなしがたい。

<3> 確かに、富南地所が契約当事者となった場合には、原告らに譲渡所得税が課せられることになる点において、原告勇の動機に反する結果になるが、それはあくまで結果論であって、そのことのみでは、行為時における当事者の確定を左右するものではない。

(4) また、前記のとおり、本件土地二(三)の正義から富南地所への売買に関しては、農地法五条一項三号の規定による届出がされていないため、昭和六一年六月二〇日の時点では、所有権移転の効力は生じておらず、その結果、右土地の昭和六一年の管理転作とその奨励補助金交付申請の手続は依然正義が行っていたことが認められるのであるが、前記(一)の(1)、(5)、(7)ないし(14)に認定した事実関係からすれば、右土地の処分権限、交換価値は、実質的には既に富南地所の支配下にあったものと認められるから、右の点もまた、本件交換契約の当事者は富南地所であるとの前記認定判断を左右するものではない。

(5) 更にまた、原告らは、原告勇は久雄が富南地所を代理して本件交換契約を締結したことを知らず、長江らを代理していると認識していたのであるから、心裡留保の規定によって、何人も本件交換契約の当事者が長江らであることを否定することは許されないと主張するが、前記認定のとおり本件交換契約は客観的に富南地所と原告らとの間に成立したと認められる以上、心裡留保の規定の適用によりそれが長江らと原告らの間で成立したことになるものではないことは明らかであり、原告らの主張は失当である。

(三)  したがって、原告らが本件土地二(一)、(二)の交換として取得した本件土地(三)、(四)は、交換の相手方である富南地所が一年以上所有していたものではなく、また固定資産でもないことが前記認定の事実によって明らかであるから、本件交換は、これについて法五八条が適用されるべき場合には当たらないというべきである。

(四)  原告勇の本件交換に係る分離短期譲渡所得金額に関する取得費及び譲渡に要した費用、同人の本件交換に係る分離長期譲渡所得金額に関する譲渡に要した費用、原告英子の本件交換に係る分離短期譲渡所得金額に関する取得費及び譲渡に要した費用が、いずれも被告主張の各金額であることは、当事者間に争いがない。

本件土地二(三)、(四)が富南地所に対し、代金七六六八万二五〇〇円、一〇九七万五〇〇円で売却されたこと、富南地所が、右土地の宅地造成のため高森土石に二三〇万円、右土地の地目変更登記手続のために藤沢に三万円を支払ったことは前記認定のとおりであるから、本件土地二(三)、(四)の価額は、右売買代金額に宅地造成費用及び地目変更登記手続費用を加算した八九九八万三〇〇〇円と算定するのが相当であり、これが本件交換による原告ら収入の総額となる。

また、原告勇の本件土地二(一)に関する譲渡所得については、租税特別措置法三一条、三一条の四(昭和六三年法律第四号による改正前のもの)の規定によるべきものと解されるから、概算取得費控除は収入金額の一〇〇分の五に相当する額となり、特別控除額は一〇〇万円である。

したがって、被告が主張2(二)で述べるとおり、原告勇の本件交換に係る分離短期譲渡所得金額は一六五五万四八七六円、同人の本件交換に係る分離長期譲渡所得金額は二六四八万八七八四円、原告英子の本件交換に係る分離短期譲渡所得金額は一六五五万四八七六円と算出される。

また、原告勇の本件建物売却に係る分離長期譲渡所得金額が一三二万四八一五円であることは当事者間に争いがない。

そうすると、原告らの昭和六一年分の分離譲渡所得金額はすべて被告主張のとおりの金額となる。

3  原告らの昭和六一年分の総所得金額と所得控除額が被告主張の額であることは当事者間に争いがなく、分離譲渡所得金額が被告主張の額であることは右2に認定したとおりであり、これらによって原告らの昭和六一年分の課税総所得金額及び所得税額を計算すると、被告の本件各処分において認定された各金額は右の各額の範囲内であることが明らかである。

したがって、本件各処分はいずれも適法である。

三  結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 中山直子 裁判官 中垣内健治)

物件目録一

(一) 所在 富山市大町

地番 一四番一

地目 宅地

地積 五二三・七一平方メートル

(二) 所在 富山市大町

地番 一四番六

地目 宅地

地積 一六一・四〇平方メートル

(三) 所在 富山市大町

地番 二一四番一

地目 宅地

地積 九八・〇三平方メートル

(四) 所在 富山市大町字当後割

地番 三七番一

地目 宅地

地積 八六・五八平方メートル

(五) 所在 富山市大町字当後割

地番 三七番一四

地目 宅地

地積 五二・五九平方メートル

(六) 所在 富山市大町字当後割

地番 三五番一一

地目 宅地

地積 二八〇・九六平方メートル

物件目録二

(一) 所在 富山市大町字当後割

地番 三七番一

地目 宅地

地積 一三九・一八平方メートル

(二) 所在 富山市大町字当後割

地番 三五番一一

地目 宅地

地積 二八〇・九六平方メートル

(三) 所在 富山市大町

地番 一四番一

地目 田

地積 六九四平方メートル(実測六八五・一二平方メートル)

(四) 所在 富山市大町

地番 二一四番一

地目 用悪水路

地積 九八平方メートル(実測九八・〇三平方メートル)

(五) 所在   富山市大町字当後割三七番地一

家屋番号 一一五番

種類   居宅

構造   木造瓦葺二階建

床面積  一階 六七・七六平方メートル

二階   二九・七五平方メートル

(六) 所在   富山市大町一四番地一

家屋番号 一四番一

種類   事務所

構造   木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積  一六四・五七平方メートル

以上

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